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2009年6月10日 (水)

年を重ねて

6月10日

久しぶりの青空を札幌の空に見た。
半そででも大丈夫な天気ではあるが、いまだ6月15日までは半そでを通したいものと思いつつ、長袖を着て厚くなると腕をまくり辛抱しているのやら本当は肌寒いのもあるのだが。
12日からはyosakoiがはじまる。
大通公園の9丁目と10丁目が一緒になった区画には、大々的な有料客席が準備されていた。札幌市内各地に分散してのよさこいの踊りとなるが、大音響とアクロバットなエアロビックスのような踊りが一般的ではあるが。岡林信康が、よさこいのための唄をつくり、2007年から大通公園で期間中の共通の輪踊り会場で流している歌だということらしいのだが、いまだ聞いてはいない。そこでは、共通のよさこいの踊りが披露されていて誰でもが参加できるよう、となっているようである。
今年、5月31日に岡林信康がねんりんピック開催記念のイベントとしてきていた。
どう繋がるかは別にして、久しぶりに聞いた、距離にして2メーターしか離れていない近さでまじまじと見つめることが出来て、そのやせているのに驚いたが、元気に年を重ねていた。
娘が東京に一人で旅たっていったときの励ましやら送る歌を披露していたり、亡くなった人との心のふれあいの唄で会ったりと新しい曲に出会った。久しぶりに、しっとりとチューリップのアップリケをおかーちゃんにこオーテほしいのと切々としみこんできた。貧しさばかりが当時の切なさであったが、今もって切実な貧しさや落ちこぼれていく落差の怖さが身近に自分のものとして感じられるだけに、山谷ブルースとおんなじに切なく聞いていた。
62歳の親父になって、出刃包丁のようなぎらぎらさと危うさから、年を経て今歌っている姿がいろんなことを超えてここにいるのだと生きて暮らしてきたのだと、岡林を見て感じた。
いろんな人生があって、勝ち組負け組み、あれはもうなくなってしまったとか、腰が痛くて入院したとかぼけてきたとか、同年輩が集まるときの挨拶での言葉に聞こえてくるが、そうでなければ孫の鼻しか嫁の話、もしくは動けなくなって時の暮らし方、墓は買ったのかとか、いろんな年のとった分だけこの先の自分の始末の仕方もまた、話になることではある。

出かけると、女性が何人か連れ添ってわいわい言いながら歩いている。
あやのこうじきみまろいわく、年を得てきた人の若い人との落差を言いあぐねているが、三国錬太郎のように森光子のような続けていくことでしか得られない世界もまたある。
同じことを同じように続けていくことから生まれてくる、いぶし銀のような輝きもまた、年を得てきた今だからよさとして見えてくるのであろうとも思う。誰でもが通ることであり、いずれは終わりのある人生だからこそ、輝きとか永遠ではないことを知りつつまたそれぞれの生きる期間を考えながら何を何かを残し記録していくことなんだろうと考える。

拓郎が、全国ツアーをもう始めているのではないのか。
井上揚水はどこで何をしているのか伝わってこない。
永遠がないように、ある日突然の予期せぬ不幸もある。
だけども、太陽さんが上り、青空が広がり、夏は誰にでも同じように降り注いでくれる。
来月になると大通りにはビール祭りが始まるし、海開きも始まる。

今年の夏は、どんな夏にしようか、今からわくわくわくわく出来たらよいのだが。

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