履歴書書き
4月7日
4月6日月曜日は、新入生のかわいい小学生がぴかぴかのランドセルとお父さんお母さんに手を引っ張られて歩いていた。
随分とパトカーにも出会ったし、道ばたで旗を持った横断歩道の監視員もいた。
また一つ新しい門出が始まっていることに気がつかなかったのだが。
4月に入っても依然と職安は混雑していた。
本当に、失業給付にやっかいになる事態が近づいている。
職を求めている今の感想を極端に言えば、職安から見えてくる求められる職業の世界観は、59歳までとそれ以降では、天と地の差がある。
60歳を超えた事務や総務経理などは、専門職の世界でなければほとんど無い。
年齢や男女の差で求人を差別してはだめだとなっているために、年齢不問とか一応書いていても書いているだけで応募もままならない。
描いていたサラリーマンの姿は、終身雇用の中に育っていたこともあり定年まで勤め上げることがまず望みであった。会社を離れるときには、定年退職として感謝状と記念品をもらって、功労あった人材になることが一つのサラリーマンの姿とばかり信じていた。が、どうやら勘違いであったことを実感する。59歳には退職して、次のステップのための専門学校に行き新しい能力を身につけることこそが、楽しい老後の近道であったとは。
これは、このような大不況の最中だけの話ではない。
働くことが、社会参加することであったり、毎日の生活のリズムを形作っていただけに、張り合いであったり生き甲斐であったり、働くことの持つ意味がいかに大きく価値観とか倫理観とか美徳とかを形作っていた。
とにかく、今は、毎日のように職安に出かけ一つでも就職に近づける記事がないか探す、当てもなく出口のない日常さえどこかに行ってしまったような状態に突入している。
いつまでということがないだけに、やりきれなくなったり落ち込んでしまうのではないのかとやっぱり職がないことのどうしようもなさは何をする意欲さえどこかにおいていくことになる。
61歳であっても65歳であっても、希望し能力が備わるようにお金をもらって働くことができるような場を創造してほしいものだ。
働く、収入がある、消費に回る、内需の拡大が輸出産業依存を壊し、中小の地方都市でも商店街が活性化される基盤作りにつながっていくはずなのだが、現状では働くことなどドンドン道が遠くに行ってしまうようだ。
日ハムの試合もコンサドーレの試合もどんどん足が向かなくなっていくことのないように、気を持ち直して再び履歴書書きに励んでいくさ。
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