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2006年8月14日 (月)

中田英寿論考(3)

8月14日

再び中田英寿について、書き込む。
彼は、キャノンのコマーシャルの中で、元気に走っていた。
ワールドカップが終わっても、彼はコマーシャルに出演しているので再び、驚いた。
果てさて、今どこを旅しているのか。何を感じているのか、彼の記事を日本経済新聞で見ながら或いは、雑誌で彼の特集の広告を見つめ、何をして、生きて、感じて、感動しているのだろうかと思う。

オシムジャパンが、稼働した。
もと、更にもとサッポロのコンサドーレにいた山瀬(横浜)、今野(f東京)は外れたが一回目には招集されていた。親しみある新しい戦う戦士達が選ばれていた。
自分は、もうドイツ大会以降はサッカーなど見てもしょうがないかと思いつつ、ついチャンネルをひねって三都主のゴールシーンを見て「いけいけ」と言っている自分がいて、勝利の喜びだけでなく、見ることの楽しみをいろいろな角度から味わっていた。実にかっこよく決まっていたこともある。
黄金の世代と言われた、前のメンバーである彼らの世代から、更に後の世代が四年後に向け、始動した。終わった瞬間から、新たな戦いが始まったのかと、驚くばかり。
現実にそこで戦っているのを見て、一時たりと止まっていられないこと、とにかく前に前に、涙など吹き払って進んでいくこと、教えてくれた。
止まってはだめだ、前に前に向かって進んでいく中で、ジグザぐしながら又原点に返る。
少年の頃の志とか、自分はサッカーはしたことがないが支える側で見つめている立場から、あの感動、ゴールしたときの感動J2からJ1に我がサッポロのチームがはい上がったときの感動は今思い返しても身震いする。

それもこれも、中田英寿の世代が駆け抜けたその軌跡からうまれたもの、そのまま日本のサッカーの歴史を作ってきたことの証だと。彼らが、例え世界ランキングでは49位デはあるが、ワールドカップに出た意義まで消し去るものではなく、中田英寿の戦った軌跡がそのまま日本のサッカーであったこと、感動と期待と「遠くに羽ばたいて」行く喜びを与えてくれたことに感謝したい。

中田英寿が、今度はたくましいビジネス戦士として、堂々と胸をぴーんと張って登場することを楽しみにしている一人でいる。

今どこの大地煮立っているのであろうか。

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