2009年11月10日 (火)

あきらめない

11月10日

乃南アサ「ニサッタ ニサッタ」という本を読んだ。

アイヌ語でニサッタは、明日という言葉。物語の展開は、死ぬ寸前までこの人生を見限ろうとしたときに、もっと深刻な中でも生きている人の支えになっていることもある生き方だってあるのだということ。突然の解雇。それがつまづきで、失業と失意の中でこのまま終わってしまう不安の中で過ごしたことを思い出すとともに、体が動かすことができる間は決してあきらめてはいかんということを思い出した。

めげず、くじけず、あきらめずという言葉を肝に銘じてひたすらに前向き思考で、自らを奮い立てさせれば、そのうち切ってよいことの一つもあるのではないかと信じること、そんなことをこの本の中で思い出して、そうなんだよなーと、めげず、くじけず、あきらめずっていうことをかみしめていた。

北方謙三「史記第2巻」は活劇のような漫画を小説で読んでいる読書感。

司馬遷の同作品の一部を劇画あるいは映像のある展開で描いている、原作との違いは、中国の広大な土地でわき起こってくる人の織りなす心の描写、歴史事実の乾いた展開一こま一こまの織りなしていく世界との違いである。動画の生々しさが伝わるが、原作の持つ味から比較する立場になる点では迫力に違いはある。この作品は、まだまだ続く。

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2009年11月 9日 (月)

色鮮やか

11月9日

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真っ白な世界も間近

    

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悔しいけどよいこともある

11月9日

 暖かい一日。

 まだまだイベントは続いています。

 2009年阿波おどりの練習風景を眺めていました。新町での流しながらの練習。ふーちゅーズという便利な動画サイドがあって、また一つ世界が広がったが、いかんせん熱いあつい徳島の熱気がどうにも小さな画面からは物足りない。それを眺めて、練習に出かけたが、もう一つの日ハムの試合が気になってそこそこに帰ってきて、やけ酒。

とにかく前夜ノ前の日の試合に続いて悔しい。決して来年がある里はいえず、ひたすら飲んでつぶれた次第。

いいことは、インフルエンザに関係者ヵ゛かかっていないこと。少しだけ暖かい日が続いていること。仕事が続いていることか。当たり前のその毎日が繰り返されていることに感謝している。

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2009年10月27日 (火)

新リヤ王

10月27日

毎日見かけるありふれた風景が、突然初めて見かけるような感動を覚えたとき。

壁際につたわるツタが、真っ赤に輝いて見えたとき。線路沿いのもみじが、風になびいて赤黄色と地面にじゅうたんを作り出す風景。ありきたりの時間の中で、はらはらどきどきする感動に出会うことが少なくなってきたとき。

高村 薫の「春子情歌」の作品に続き、「新リヤ王」を読んでいる。

「太陽を曳く馬」を最初に読んだので、原点に返り読み出している。話して会話が情景を映し出していく手法はまったく同じであっても、心の中にある家族とか人をいつくしむ情けが研ぎ澄まされて、読んで残る景色は、つぶれかかった漁村の荒れ果てた寺での一人たたずむ雲水の姿だけが鮮明に残っている。

残された人生に一度は、四国巡礼に旅をしてみたいと思う。遠く、イスラムの砂漠の中を歩きとおして聖典を読み返すたびに出かけてみること。

生きているときだから味わえる季節の変わり目に出会う変化が輝いて見えるのと同じように、見果てぬ尽きることのないただただ続いていく日常の中にあるわけのわからないやりきれなさ。

その2つが延々と語られている世界をこの作品に覚える。

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2009年10月26日 (月)

阿波

10月26日

ひたすら阿波踊りは暴れ踊りとばかり信じて、目指していた。nhkで再放送では在るが、日本の祭りシリーズで天水、徳島の阿波踊り13日の録画が流れていて、新たに阿波踊りの楽しさとか魅力とかうれしさも合わせて考えさせられる。

ここは徳島から遠い。徳島の伝統からも、遠いぜよ。

毎年、この番組を観るたびに、迫力ある徳島市内でのそこかしこの路上がにわかに舞台になってみている人との一体感がなんとも素晴らしいと感じる。踊る人も観る人も、伝統のリズムと力図良い音色と見ている人の迫力に押されて繰り出す熱気。

来年はまた、その中にいてみたいと思いますが、是非とも早い時期に練習に参加させていただき始めから一つでも二つでもやり直してみたいとも思うが、それこそがもっと大変なことはわかるのだが、桟敷の魅力はさることながら、錬士夕に参加できたらと思いますが。

やっぱり遠すぎる。

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2009年10月19日 (月)

あつくなれ

10月19日

今は、イベントを待っている状態。今年一年の振り返りは後にしても、今日は流れ星がたくさん見られる日のようだ。外に出て、いっぱいお祈りをしょうかと思いつつも、寒いだけならとまたひとつ流されてしまう。

街中でのお祭りが本当に見せるだけの祭りになっていないのかと、参加とかみんな共に踊りの輪で共に感動できる祭りがないものかと思う。札幌で言えば、雪祭り、よさこいソーラン、盆踊り、ビール祭り、サマーフェスタ,などいろいろあるが、見るだけであったり食べるだけであったり、歩行者天国に自分立ちもぃっしょになって場を作り出していくような祭りがなんと少ないことかと思う。

観ているだけで、その場にいるだけで楽しいとかうれしいとか共に今この場所で感動を共に味わうことが出来る、祭りが出てこないかと期待ばかりでいるからなのか。舞う表現する、見る楽しくないからなのか。フりーマーケットのような売る側と買う側だけになっていることか。札幌ドームのように共に戦う共に守る試合に参加している息吹は、札幌ドームにしか実現できないのかと思う。

どこかさめた自分がいて、覚めた目でお酒抜きで浮かれないことがあるからなのか。

今年も、後2月。

札幌ドームが熱くなる。仙台に負けず劣らず、札幌も熱くなる。

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2009年10月 3日 (土)

書評1003

10月3日

9月が終わり、10月が始まった。当たり前のことではあるが、当たり前の日常の暮らし、朝起きて働いて帰ってきてまた金曜日を迎え土曜日の休み月曜日の仕事がなんとも、当たり前であってしかも大変貴重なことだと実感している。

本。太陽を引く馬、高村薫作品、三部作ということだが、オーム真理教を題材に心と言葉と体を延々と上下でかいていた。宗教では在るが、果たして心の問題だけではなく、言葉が心を表すことの限界のような世界を描いていた。物語は淡々と宗教論議であるが、言葉で心の世界を表すことの可能性であり限界でもある小説の中で語られていた。

馳星周の煉獄の使徒。同じく教団の中での滅びていく心が上下2巻で表されている。実行犯が疑心暗鬼の元でひところ死もいとわずのめりこんでいく、救いも回復さえもなく美学さえもない打算と身もだえする滅びの世界。

村上春樹のアンダーグランド。被害者からの記述。1995年平成7年の事故から今も背負い続けている日常の暮らしからの記述が淡々とつづられている。

この3作を読み神はいなければどうだというのか考える。

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2009年9月25日 (金)

9月25日

9月25日金曜日

夏が終わり、少し早い秋の様相をきたしている。どんよりとした、雨模様の一日は、何故か希望もなくなるように見えてくる。気持ちまでもふさぎこんでくるようになってくる。反対に、入道雲のようなにょきにょきとした雲の上に広々とした青空と、さんさんと遅い夏のような日差しが輝いていると、今日一日きっといいことあると信じられる気になってくる。この気持ちの落差が、天気のように揺れ動く。

イベントも一段落したために、久しぶりにバイクに乗ろうかとなんか月ぶりにエンジンをかけると、何故か燃料漏れで修理に持ち込みと気落ちする。身近な不幸もあった。

無理にでも良いことないものかと考えると、やっぱり先に対しての夢を持つことかな。

来年は徳島に行ってみたい。またまた遠大な夢が心騒がす。徳島で、阿呆連の練習に参加してみたい、かもめ連の練習に参加したい。お盆の4日間の阿波踊りでは、到底眺めるだけで終わることになるのだが、なんともその期間は宿も飛行機も高いし、休みも取れるかどうかとなると、時期をずらしてでも眺めて参加出来たらよいなと、夢を持つ。

テレビでは、10月から朝のドラマで徳島が舞台になって、徳島の阿波踊りが放送されるようだが、それはそれとしても誰でもが参加できる、有名連の片隅で教わりながら参加できる阿波踊りがあればうれしいと思う。参加できる阿波踊りがにわか連としてのまったく知らない人だけが参加する場ではなく、少しは見通しえてもらえる場があったらうれしいと思う。

そんなこんなことを考えながら、落ち込みそうなときには、うれしいことを考え、雨降りもめげることなく向かっていくことか。

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2009年8月25日 (火)

8月も終わる

8月25日

徳島、南越谷と終えて、この週末はいよいよ高円寺で開催される阿波踊り。

16日に帯広で全道大会があり、その折、徳島から有名連の生の阿波踊りをかぶりつきで見ることが出来、大いに感動しました。25名、鳴り物を加えた一行が本場徳島の勢いそのままに目のあたりにさせてもらい、感激した。

8月が終わり、北海道の阿波踊りも一応の山を越えた感がします。

徳島の阿波踊りを毎年、nhkで全国で流すのがあり、今年も流れるのではないのかといつかいつかと待ち遠しいのだが、いまだわからん。

まずは、今年も4日間無事終えられたことお疲れさんでした。うらやましいというか残念というか、むとにかく遠いし宿も取れないことを思うと一生に何回札幌からいけるかわからないほどに遠い。遠いけど、4日間、踊っているのだろうなぁとその気持ちだけれは胸膨らまして暦を見ていました。阿波踊りは一緒だと、自分に言い聞かせ、うらやましさをこらえていました。

北海道の各連合同で連編成をして、踊ることって出来たらよいのだがとも思うがどうなんだろうか。心はすでに来年に向けて走っていますが。

ご苦労産でした。

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2009年8月 9日 (日)

祭り始まります

8月9日

いよいよ12日から4日間徳島では、夏本番ですね。

この4日間のために、1年間体力気力と技を磨いてきたその成果が、さらには見られることで一段と研ぎ澄まされていくことになるのでしょうか。

札幌からも、このときを目指して本場に飛んでいった人も多いのではないでしょうか。毎年、nhkでは地方版で移された阿波踊りの模様を、全国ネットで放送されるのを楽しみに楽しみに見つめています。街角出の踊りも市内一面いたるところでされているのでしょうか。

ここ札幌では、7日にはススキで、8日は三越前で、今日は地元でのイベントで阿波踊りの出番があります。

ややもすると、札幌ではよさこいだけに目を奪われていて、参加者の数やマスゲームのような高揚感一体感などが注目されていますが、祭りのイベントでは、にぎやかに阿波踊りが見せ場で活動しています。

遠く離れた札幌からでも、思いは徳島に吹っ飛んでいます。来年こそは、本場で踊りたいと思いますが、先のことは先に考えるとして、無事天気に恵まれて盛大に開催される様子を眺めるのを楽しみにしています。

12日からの4日間は、目いっぱい、力いっぱい暴れまわって楽しんでください。

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